「さだの辞書」さだまさし著 岩波書店

「精霊流し」のヒットでデビューしてから50周年の歌手さだまさし氏の、「さだの辞書」さだまさし著。岩波書店刊からです。この本は「第69回(2021年)日本エッセイスト・クラブ賞を受賞しております。

〇さだまさし。長崎県出身。シンガーソングライター、小説家、1973年フォークデュオグレープとしてデビュー。「関白宣言」「北の国から」などのヒット曲多数。小説「風に立つライオン」「解夏」など、多くの作品が映画化。NHK「今夜も生でさだまさし」パ―ソナリティとしても人気。2015年「風に立つライオン基金」設立。様々な助成事業や被災地支援事業を行う。

〇「1998年(平成10年)11月。岩波書店の「広辞苑・第五版」に「目が点になる」が載ったとき、僕の仲間たちは一時騒然とした」この事件がご縁の自伝的エッセイ集。ときに爆笑、時に涙の三題噺25話。

〇こぼれ話①

「精霊流し」で“暗い”と言われ、「無縁坂」で“マザコン”、「雨やどり」で“軟弱”「亭主関白」では、“女性蔑視”と言われた挙句、「防人の詩」(「二百三高地」という日本が勝った戦争映画の主題歌だったことから)“好戦的右翼”とまで言われた。

今ならさしずめ「炎上商法」だな。正直なところ「たかが歌詞」ひとつに対する世間の過剰反応と個人攻撃にへこたれそうになったこともあった。そころ懸命に僕を励ましてくださったのが山本健吉先生で、「君は『既にいなくなってしまった人』を歌うのが極めて上手い。これはね「挽歌」と言って日本の詩歌の大切な伝統なのだ。胸を張って歌いなさい」などとお目にかかる度に、一献傾ける度に僕の背中を押してくださったから、「山本健吉が認めてくれるのだからどこの誰に何を言われたところで痛くもかゆくもない」と血気盛んな青年は相当に勇気づけられたのである。

〇こぼれ話②

僕たちが「未来」と言うとき、それが何時のことかを明確に示すことは難しい。もっとも僕の言う「現在」も漠然(ばくぜん)とした「概念」に過ぎず、こういうそばから刻々と「未来」は現れ、(またた)く間に僕を通過して「過去」へと去っていくのである。これをたとえば高速で動く列車の窓側の座席に、後ろ向きに坐った自分が今眺めている風景を「現在」と定義してみる。すると、同じ列車で「現在」の窓の外を見ていた幾人かの中には

「水牛の上に乗っている少年が居た」と言う人,

「いや、少年は水牛の脇に立って居た」と言う人

或いは「いいえ、少年は水牛の脇を走って居た」などと意見が分かれる事態が起きる場合がある。

これは窓の外の少年と水牛を、何時にどのように見ていたかによる違いであって実は初め水牛の上に乗っていた少年がやがて水牛から下り、すぐに誰かをめがけて走り出したという一連の動作だったことを全て知る人もきっとある筈だ。

「現在」を生きながら、認識している事実が異なる理由はこれだろう。ともあれ僕は高速で走る列車の「現在」と呼ぶ窓際に後ろ向きに坐っており後ろから刻々と現れる風景の見えない部分を「未来」と呼び遠ざかって既に見えなくなった様々な風景を「過去」と呼んでいるわけなのだ。

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